373,490のモザイク [ニュースレター:九月号] / by kaz yoneda

373,490人。これは2019年4月時点における日本の一級建築士登録者数だ。同年、フランス建築家協会に登録されているアーキテクトの数は29,034人。日本の国土面積はフランスの7割程度だが、人口はおよそ倍を数える。一方で先述の数字をもとに計算すると、建築家の数は日本がフランスの13倍弱となる。日本の一級建築士とフランスのアーキテクトがまったく同じ職種とはいえないとしても、日本は非常に多くの建築家を抱える国であることがわかる。

2021年に開催された2020年東京オリンピック・パラリンピック。新型コロナウイルスの流行から多くの競技は無観客で行われ、私たちは直接会場を見ることがないまま大会は閉幕を迎えた。開催に際してレガシーという言葉をさかんに聞いたが、新たな都市の構築についてはほとんどの建築家が関与することはなかった。2024年、パリはどうなるか。エッフェル塔前のトロカドレ広場、コンコルド広場、ベルサイユ宮殿などの活用を計画し、スタジアム外での競技開催を予定するとともに、市内の緑化やソフトモビリティの推進などが進む予定だという。

日本では1970年の大阪万博以降、建築家の積極的な都市への関与が見られなくなった。都市計画に積極的であった丹下健三や黒川紀章らは海外に活路を見いだすが、安藤忠雄が初期に発表した「都市ゲリラ住居」のように、それに続く世代は都市に対して個で介入することに可能性を見いだすようになる。同時に、日本における都市は政治や経済が開発の主導権を握ることとなっていく。とはいえ建築家が都市に関わっていないとするのは、あまりにも乱暴だ。 日本の建築事情はスクラップアンドビルドだとよく言われるが、さすがに都市は容易にスクラップアンドビルドができない。私たちは新旧が混在したモザイクのような都市を生き、新たな建築によってそのモザイクを果てしなく更新し続けている。そしてそこに、新たな可能性が現れる。折しも下北沢駅の再開発に伴う線路跡地には、小田急電鉄で街づくりを手掛ける生活創造事業本部開発推進部の発案でツバメアーキテクツが設計したツバメアーキテクツによるBONUS TRACKが開業した。日比谷御徒町蒲田五反田などの高架下にも、オルタナティブな商業空間やコワーキングスペースが生まれている。都市の既存コンテンツがアップデートされるとき、またはそこに隙間が生まれるとき、それを埋めるように新たなピースが生まれ、都市のモザイクは代謝を進める。

KOCA by @カマタ
撮影:山内紀人

そしてそれは、東京から離れた地方でも見られる。手の届きやすい不動産価格、東京への利便性が高い交通網、光ファイバーなどのインフラ設備の発達などによって、国内のあらゆる地域で思いもよらぬ拠点が生まれ、活性化を見せている。サテライトオフィス、コワーキングスペース、ワークインレジデンスなどの事例はよく紹介されるが、オンラインビジネスに力を入れる個性的なショップも各地に増えている。前々回よりNewsletterでは古くから日本経済の基盤となってきた街道に注目し、から都市の可能性を考えてきた。1970年代以降、点は変質しつづけている。そしてそのモザイクのピクセル=点にこそ、建築家は関与しつづけてきた。各々に異なるピクセルが複雑に絡み合うことでモザイク画=多様性は成立する。

えんがわオフィス by 伊藤暁+須磨一清+坂東幸輔
撮影:伊藤暁

いま私たちが目指すべきはレガシーではなく、モザイクの一片であるピクセルを高解像度でつくることにある。都市のスクラップアンドビルドは難しいといったものの、現実にその例は増えている。六本木や汐留は街区の建物すべてを解体し、新たな街の風景を実現した。いま、虎ノ門や渋谷駅前はそれに続こうとしている。これらの都市に並ぶのは同質のピクセルだ。画一的なピクセルでは魅力的な面の実現が難しい。多様なモザイクは失敗や時代の変化にも寛容で、次なるピースで更新が可能だ。高解像度のピクセルをもつモザイクによる多面的な都市。そのために373,490人という数字は必要不可欠なのだ。

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-山田泰巨
編集者・ライター。1980年北海道生まれ。『商店建築』『Pen』編集部を経て、2017年よりフリーランスで活動。建築、デザイン、アートなどの特集を中心に、雑誌『Pen』『Casa BRUTUS』『ELLE DÉCOR JAPON』『Harper’s BAZAAR』『madame FIGARO japon』などで編集執筆を担当する。また『天童木工とジャパニーズモダン』(青幻舎)などの書籍でも編集執筆を手がけるほか、展覧会の企画協力やカタログ制作にも携わる。

監修:カズ・ヨネダ
編集:出原 日向子
アソシエイト:園部 達理

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