寄留の所要: ベトナム、ダナン [ニュースレター:2023年十二月号] / by kaz yoneda

「リアルに生きる」by キャズ・T・ヨネダ

ダナンの浜にたたずむ女性(写真: 作者提供)

コロナが開けて、やっと
私にとって「ワーケーション」は、コロナ禍によって長い間叶わなかった海外渡航の始まりを告げるものでした。ベトナムに行くことを決めたのは、単純に行ったことがなかったからです。豊かな歴史、料理、活気ある文化から、行ってみたい場所のリストの上位に常にありました。ハノイやホーチミンという選択肢もありましたが、いくつかの理由から最終的にダナンに決めました。生粋のシティーボーイである私は、首都ハノイや経済の中心地ホーチミンにいると、モニュメントや博物館、活気あるコミュニティ、賑やかなレストラン、市場などでかなり注意が散漫してしまうだろうと思いました。また、「ワーケーション」としての側面も忘れてはいけません。ダナンにはプールとビーチしかないから、すぐ飽きて仕事に集中できるから完璧だと思っていました。後々とんでもない勘違いだったと気付くのですが…

2時間の時差を利用して、典型的な1日の過ごし方はこんな感じでした。 午前5時に起床し、海から昇る朝日を眺める。午前6時にプールに移動し、朝の水泳とベトナムコーヒーまたはココナッツジュースを飲む。午前7時に朝食。午前8時に仕事開始。午前11時30分に早めの昼食と水泳。午後12時30分に午後の仕事に戻る。午後17時に仕事のまとめと早めの夕食。午後18時にビーチを散歩したり、ぼんやりしたりする。午後20時に屋上プールで水泳とナイトキャップ。午後21時に就寝、そしてリピートボタンを押す。私は朝型人間ではありませんが、このライフスタイルはとてもリフレッシュでき、健康的で、今後も日本で継続できたらと夢見ました。しかし同時に、生産性が高く、安定したQOLを実現することは、現実にはもっと難しいことだとも思い知りました。

ホイアンのバームー寺院 (写真: 作者提供)

改修された伝統的な商家 (写真: 作者提供)

いざ、ホイアンへ
週末やZoom会議とか作業がない平日は、近隣のユネスコ世界遺産に登録されているホイアンとミーソン聖域に日帰りで出かけることができました。ホイアン歴史地区はラグーン湾の中心に位置し、15世紀から19世紀にかけて東南アジア有数の貿易港として栄え、良好な状態で保存されています。この街の建物と街路計画は、土着と外的な文化の影響と融合を反映しています。日本とも貿易した歴史があり、文字通り「日本橋」という遺産をこんにちも見ることができます。多くの建物は創建当初の素朴な魅力を残しており、ほとんどは観光客向けの店舗に改装されていましたが、良心的なテナントの中には、元からの用途を継承したり、歴史的建造物をデザイン性の高いレストランやカフェ、ギャラリーに改装したりしています。宗教施設以外の建物はすべて、さまざまな色合いの黄色で統一されており、この港町にベトナム、そして中国やヨーロッパの建築様式が融合したキメラのような不思議な統一感を与えています。

ミーソン聖域の寺院遺跡群(写真: 作者提供)

ミーソンにある寺院遺跡の一つ

ミーソン聖域
ミーソン聖域でもまた、驚くべき発見がありました。この聖域は、インドからのヒンドゥー教のディアスポラによって、紀元4世紀から13世紀まで、ほぼ千年にわたって建設されました。広大な敷地内には、クリシュナ神、ヴィシュヌ神、とりわけシヴァ神などの神々を祀るために建てられたモニュメンタルな寺院の複合体がいくつか点在しています。同じくヒンドゥー教を起源とする巨大なアユタヤ遺跡と共鳴するような場所です。この遺跡群は、ヒンドゥー教の神話の場面を砂岩の浮き彫りで飾られた石柱と、焼成レンガで建設されました。

ミーソン遺跡のヒンズー教の神々(写真: 作者提供

神聖なトゥー・ボン川の源流域として機能し、環状の山々に囲まれた高台の盆地の中に位置したドラマチックなミーソンは、2世紀末‐17世紀に栄えたチャンパ王国の宗教的・政治的首都として、その存続の大半を担いました。水路や泉のネットワークを作るのに必要な水文学の知識はもとより、寺院郡そのものがチャム文明の洗練された技術、技工、図像表現の卓越性を証明しています。各寺院にある儀式用の水盤から溢れ出たであろう豊富な水は、その後合流し、チャンパ王国の歴史的な中心地を川となって流れ、古代の港湾都市ホイアンから南シナ海へと注いでました。

知ることから分かることがこれから大事なのでは
私にとって最大の啓示は、「知る(knowing)」と「わかる/理解する(understanding)」の違いを体験したことでした。前者は、現実に埋め込まれた知的根拠や思考的プロセスに基づきますが、後者は、直接身体で体験することによって、リアルを内包している現象を肌で感じることです。前者は暗黙的であり、後者はむしろ明示的です。私は、イメージや想像を通して集められる世界観をもって知ったかぶってました。しかし実際、体中のセンサーによって感知される現実世界も、同じように豊かな情報を含んでいます。どちらも、網膜に映し出される以上の世界を想像するよう訴えかけますが、大きな気付きは、現実の世界でさえも、あり得るかもしれないものの空想を可能にする素性(そせい)を内包しているということでした。安易に感受できないリアリティーは、感じ得る世界と同じように刺激的で、美しく、同時にみにくい潜在的なビジョンなのだと。VR、AR、AI、メタやゲームが持て囃される昨今において、私はリアルに生きることを好む動物なんだなと、「ワーケーション」という名の寄留紀行で確かめられたのでした。

執筆 (英語):キャズ・T・ヨネダ
編集:出原 日向子

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お付き合いいただきありがとうございました。
それでは、次回をお楽しみに!