オリンピックのレガシーマスタープラン [ニュースレター八月号] / by kaz yoneda

ちょうどいまは、東京オリンピックの閉会式が開催されている頃でした。隈研吾氏によるメインスタジアムも、築地の跡地の駐車場も、人であふれていたことでしょう。オリンピック/パラリンピック(以下文字数の都合上、オリンピックでまとめさせていただきます)というのは、その後の都市全体に大きな影響を及ぼします。過去の例でいえば、リオデジャネイロ・オリンピックの際のスタジアムは駐車場になり、アテネ・オリンピックはギリシア経済危機の引き金になったとも言われています。どちらかといえば、ネガティブな話がつきまといがちです。東京の五輪はまだどうなるかわからない状況ではありますが、今回はもう8年前になる、2012年のロンドン・オリンピック/パラリンピックに目を向けてみます。最初に申し上げます。ロンドン・オリンピックのマスタープランは、実はまだ完成していません。完成予定は2042年と言われています。

年秋、Bureau 0-1の代表カズ・ヨネダは、ロンドンにいました。リチャード・ロジャースのフェローとして、ロンドン・オリンピックの「レガシーマスタープラン」の研究をしていたのです。レガシーマスタープランとは、簡単にいえば大きなイベントが開催された後に、そこで用いられた施設や設備を、将来どのように活用するか、予め作られる計画のことです。ロンドン・オリンピックは、このレガシープランが非常に丁寧に構築された祭典でした。いくつかの例を見てみましょう。

イーストロンドンに位置するザハ・ハディド氏によるデザインの水泳競技場は、2013年に完成しました。つまり、ロンドン・オリンピックの開催時に、あの建物は「完成」していませんでした。大きく変わった場所は、座席です。 五輪の委員会が規定する席数は、通常のスポーツイベントよりもだいぶ多いため、そのまま施設を使い続けると、どうしても無駄な空間が生まれてしまいます。そのため、ザハ・ハディド氏はパラリンピック終了後に仮設として取り付けていた観客席を取り除き、そこをガラス面に変えました。これが、当初からの予定だったのです。現在もこのプールは市民に開かれ、さまざまな大会にも使用されています。

もう一つの例としてあげられるのは、ウィルキンソン・エア・アーキテクツによるバスケットボールの仮設会場です。これは「オーバーレイ」と呼ばれる仕組みが特徴的でした。実は、ここで使われたバスケットボールコートはブラジルへ渡り、2016年のリオデジャネイロ・オリンピックの際にも使われています。最終的な目的は、ブラジルのファベーラと呼ばれる、いわゆる貧困層の方々の住居から近い地域に建てることで、周辺の子供達のための場所として機能させることでした。同じ構造物が、いくつもの役割を果たす例です。(ただしこれは、結果として諸問題あったようですが、ここでは割愛します。)

そして最後に、少しレガシーマスタープランとは違うかもしれませんが、観客に強くその光景を印象つけたのは、ビーチバレー会場です。もはや、ほとんど新しい建築物を作らなかったことが特徴的でした。ホース・ガーズ・パレード(イギリス王室の主要な儀式が行われる広場)に大量の砂を持ち込み、ビーチバレー会場を作ってしまったのです。パラディオ様式の宮殿であるホース・ガーズをいわば「借景」として、競技が行われました。新しい施設を作らなくとも、その都市ならではの空間は作れるという証明でもありました。

そもそも、ロンドンオリンピックのメイン会場となったイーストロンドンの開発は、むしろオリンピック以降に進んでいます。大学や美術館を誘致し、カルチャーアイランドのような立ち位置を目指しているといいます。もともと、ナチスの空襲で壊滅的な被害を受け、その後、低所得者向け住宅のある工業地帯となったイーストロンドンを開発するという、巨大なレガシーマスタープランが、オリンピックの数年前から存在していたのです。最大の目的(KPI)は、「イースト・ロンドン市民の平均寿命を延ばすこと」。そのために、より良い病院や生活環境、緑地、教育が必要だという計画が作られたのでした。

オリンピックの開催となると、どうしてもスタジアムの建築に目が行きがちです。話題性のある建築家が担当し、一番の目玉かのように扱われます。しかし、それ以外で発揮できるクリエイティビティが、期間中以降と開会以上の影響と発展を可能にすることのも必ず存在します。東京にとってのオリンピックがどうなるのかは、まだわかりませんが、今回は、いままさに平行世界で起きているかもしれない東京・オリンピックの最中に、ロンドンのレガシープランの研究を振り返ってみました。